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精神論で神経症は治るのか ~急性ストレス障害とは~
今、相撲業界で話題になっている朝青龍の問題。
朝青龍の問題に触れる前に、まず、精神疾患の診断基準について
触れたい。
精神科疾患を診断する指標には代表的なものに ICD-10とDSM-4の二つがある。DSM-Ⅵは、アメリカの精神医学会の診断基準マニュアルの第4版をいい、ICD-10は、世界保健機構(WHO)の定めた国際疾病分類の第10版のことをさす。
ここで、今話題になっている朝青龍の問題を考えてみたい。
事の発端は、朝青龍が腰痛の診断書を出し、モンゴルへ帰郷。知人らとサッカーを楽しんでいたというもの。
そのことがマスコミにばれて、朝青龍がバッシングを浴び、相撲協会から処分を受け、それらが原因でストレスになってか医師から「うつ病の一歩手前の抑うつ状態と、神経衰弱状態」と診断されたとの経緯(この医師には色々裏話があるようだが、ここでは触れない事にして)。
これに、関係者は飛びつくように、“いつの時代の診断だ”といわんばかりに議論を被せた。たしかに、ICD-10でも神経衰弱の病名はあるにはあるようだが、現代では診断名としては聞かれなくなった言葉である。有名な話に、夏目漱石がその疾患で苦しんでいたとの記述があるが、今日では、原因や症状ごとに疾患名を分類されるようになってきたので、その病名は曖昧な概念とされている(ちなみにDSM-4では神経衰弱の記述は無い)。
そこで、相撲協会専属医師が朝青龍の診断をしたところ、“急性ストレス障害”と診断された。これは、診断基準に添った今のトレンドともいうべきまともな診断であるが、マスメディアにはここまで取り上げられた事はおそらく初めてではないだろうか。朝青龍自身は、30分ほど診断しても一言も喋らなかったというほどであるから、この状況から現在は詐病(さびょう:仮病とも)はあまり考えら得れないだろう。
そもそも精神・神経科疾患というものは、診察初期から経過をみて診断が変わることもよくあるし、“急性ストレス障害”とみても決して軽症であるとはいえない。今後の経過次第で、悪化し病名が変わることも充分にありえる。ところが、急性ストレス障害との診断を受けた朝青龍に対するバッシングはおさまらないばかりか、さらにきつくなっている。
以下、スポーツ報知の記事を一部抜粋する
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謹慎意味ない、汗かけば治る…理事から疑問の声も
朝青龍の治療帰国に関して、理事の間からは疑問の声が続出している。秀ノ山理事(元関脇・長谷川)は「なぜ日本で治療できないのか? 何かモンゴルにこだわっているような感じがする」と、まずは国内治療を優先させるべきとの見解を示した。その上で理事会が開かれた場合は「私は(帰国には)反対します。謹慎処分が出ているのに、ここで認めては他の力士に示しがつきません」と断言した。
一貫して帰国に反対している大島巡業部長(元大関・旭国)は7日、夏巡業の北海道・福島町で「帰ったら謹慎の意味がない」と改めて反対を明言。急性ストレス障害など心の病の診断書が公になっているが「ストレスなら汗をかけば治る」とピシャリ。5月に交通事故を起こした弟子の旭天鵬が、朝青龍の4か月よりも短いとはいえ1か月の謹慎を受け入れただけに、処分が出てからわずか1週間での心の病に疑問の目を向けた。(8月8日8時5分配信 スポーツ報知)
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私は、この記事を見て精神・神経科疾患の理解もまだまだ浸透していないのだと改めて感じた。要約すれば、相撲協会の理事は、精神論で急性ストレス障害が治るといっているのだ。結論から言うと
※精神論で治るわけがない
のである。もし、自然に治ったとしてもそれは、精神論が有効であったというわけではなく、症状が軽微であったか、その人の自然治癒力が勝っていただけにすぎず、精神論そのものが薬になったと考えるのはあまりにも短絡すぎる。朝青龍が本当に急性ストレス障害であったという前提で、このままバッシングが続けば、確実に相撲復帰は困難になるばかりか、最悪の場合、社会復帰も不可能になる。
うつ病の人に、
「気にしすぎ」
「気楽に行けばいい」
「気持ちの問題」
素人は口を揃えてこういう。
そういわれると、まず「この人は、わかってくれていない」とおもうか、そう思わないにしても、孤独感を感じますます症状が悪化するだけだ。世間では、今回の急性ストレス障害だけでなく、うつ病やパニック障害、さらには統合失調症までも、精神論でどうにかなると思っている人がほとんどではないだろうか。朝青龍は、今まさに相撲協会からその様に思われ、言われているのと同じ状況といえる。
精神科の看護師であっても、統合失調症の人の幻聴にたいして、「気のせいだ」といって必至に諭そうとする始末だから、現状の朝青龍の問題も仕方が無いといえばそうなのかもしれない。蛇足だが、幻聴は、その人の頭の中(脳の伝達物質の異常で器官としては耳から聞こえるように感じる)では確実に聞こえているという事も理解しておいてほしい。
理事は、帰国もなぜこだわるのかわからないともいっている。素人ならこのような見解を出しても仕方ないといえばそうであるが、やや残念ではある。また、専属医師も理事にどのようなアドバイスをしたのかは不明であるが、この疾患のこの状況において、早期帰国を助言する事は必要である。
急性ストレス障害であるからこそ、早めの対処が必要であり、朝青龍が「汗をかけば治る」などという言葉をきけば(おそらく記事を見ているかもしれないが)、確実に人間不信が強まる。理事の立場上のコメントであるともいいたいが、内容が無知で影響が大きすぎる。
朝青龍(もしくはモンゴル)と相撲協会との間に、なんらかの問題や駆け引きがあるというのであれば、朝青龍の症状も意図的なものと思わざるを得ないが、政治的な問題が絡んでない(ほぼないし、ありえないと思うが)以上、少なくとも朝青龍の個人的な利益(社会的な)までであろうし、そう考えると、急性ストレス障害に対する治療の方法(治療環境を整える意味で)として、帰国は優先させるべきであろう。
謹慎処分がでているのに、帰国をみとめては他の力士に示しがつかないという見解も、完全に論点がズレている。朝青龍が腰痛の診断書を出して帰国し、サッカーをしていた事に対して、相撲協会側が処分を下した事が一つの“示し”をつけることであり、その後の疾患に対しての対処(帰国させる事)はまったく別の問題である。帰ったら、謹慎の意味がないとも言っているようだが、私から言わせれば、この状況において帰国させない事は、ただの“拷問”である。
ポイントは、相撲協会の専属医師が相撲協会に対してどこまで適切なアドバイスが出来ているか(またはそのアドバイスの有無)と、それに対する相撲協会側の対応であろう。
さて、この朝青龍の“急性ストレス障害”にたいする各立場にある者の見解はどのようなものか、今後の世論と、朝青龍の経過が気になるところである。
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