• HOME
  • 看護論的経営論
設定されていません

出版を契機に受けた苦痛~それよりも大きな獲得体験~

投稿日:2006/02/13

 私は出版にあたり信用していた人間にその件を事前に伝えていた。それが病院側にバレ、予想以上の反応。退職を余儀なくされた。自主退職という形にはなっているが、やめざるを得ない状況にされたと断言する。しかし、出版に対する嬉しさ半分、私の安易な行動が今回の結果を招いたことは事実。脇が甘かったということだろう。家族や職場の同僚にも多大な迷惑をかけた。これは、反省するべき点だ。同時に、極限状態にあるときの人間関係も見えた。

※当初は、私の著作を悪い風に密告した相手が許せなかった。正直、何かの形で仕返しをしてやろうかとも思った。密告者の情報に踊らされ、それを真に受け、私に理不尽な圧力をかけてきた病院側も許せなかった。

だがそのようなことばかり考えている自分を、第三者的に意識して見つめなおすと、なにか薄汚れている自分が見えた気がした。見えたといっても、表情か?心か?いや、そんな単純な言葉では言い表せない感覚的なものだった。

※「仕返しなどしてどうする。相手を苦しめてどうする。私を憎くて密告したのではないかもしれない。いや、正直、憎くてそうしたのだろう。しかし、仕返しをしてどうする。自分の何かがどんどん腐っていくだけではないか。今、実際に自分を見てそう思ったじゃないか。」と

憎しみを持ちながらも、常にそう思うようにした。私の人格レベルでは、その心を持ち続けることは容易ではなかったが、持ち続ける努力をした。苦しいがそう思い続けるようにした。美辞麗句ばかり並べているつもりはまっさらないが、自分のなかでその憎しみを処理し続けることで、ある時、何か開けてきた感じがした。そう、

〓今後のビジョンである〓

 退職へ追いやった人間に対して、全てをありがとうとまでは言えないが、柔軟でそして余裕のある思考が可能となった。そこには今までに感じたことのない感謝の気持ちさえも持つことができた。本当に感謝している。今後のビジョンにも不安はない。スキーム自体は、新たな職場が決まり次第さらに具体化することになろうが、たどり着くところは1つ。枝葉を用意し、どの道でも通り抜ける容易もできている。
  
 
 あとひとつ、状況が許せば発表したいことがある。それは、病院側が法人を主体に管理職(中間管理職ももちろん含む)ぐるみで大失態を残したということである。だが、これを今公表する価値はない。なぜなら、私は出版した当初から病院を攻撃する目的など一切持っていないからだ。自主退職へ行動を移したのもその理由のひとつであると理解してほしい。

失態 それは気づいてもらう必要がある。なぜならば、管理職の人間だけですむ問題ではないからだ。これからどんどん成長していくであろう看護師達にもその失態が正しかったと伝授されていくことは、色々な形で悪い影響が起きる。最後は患者にまで影響することだろう。その時に、組織というもののあり方をもう一度見つめなおしていただければ幸いだ。また、組織を数の論理だけで納得しようという傾向もその時に見つめなおしていただければそれはそれでよいと思う。私は、それまで自分の目標に向け行動し続ける。それだけだ。


やや抽象的な表現となりましたが、全体を通して着実に行動しております。私の信念である「看護界を揺り動かす」という目標もなんら揺らいではおりません。ただ、色々な人たちと協調性を持ち、関わっていくこと。これが、今までにまして重要なものとなっていくことは自らも自覚しております。今日はこれにて